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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1761号 判決

控訴人 神村政也 外一名

被控訴人 渡辺一郎

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、原判決主文第一項を左の如く変更する。

控訴人及び引受人は被控訴人に対し東京都杉並区大宮前三丁目五十四番地の五十六、木造瓦葺平家建一棟建坪十七坪七合五勺を明渡し、且つ控訴人及び引受人は連帯して被控訴人に対し昭和三十三年十二月一日以降右明渡済みに至るまで一ケ月金千百六十四円の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用中被控訴人と控訴人間に生じたものは第一、二審共控訴人の負担とし、第二審において被控訴人と引受人との間に生じたものは引受人の負担とする。

四、この判決中家屋明渡及び会員支払の部分に限り、被控訴人において控訴人に対し金十万円、引受人に対し金一万円の担保を供するときは夫々仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、原判決は控訴人勝訴の部分を除き、これを取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用中被控訴人と控訴人との間に生じたものは第一、二審共被控訴人の負担とする旨の判決を求め、引受人は被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用中被控訴人と引受人との間に生じたものは被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は主文第一乃至第三項記載のような判決並びに家屋明渡と金員支払を求める部分につき仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は被控訴代理人において、控訴人が本件家屋の敷地内に五坪の工場建物を建築したのは昭和三十年一月末頃のことであるが、その前から右建築の気配が濃厚であつたので昭和三十年十一月末頃被控訴人は控訴人に対し予め建築は許さない旨を通告しておいた。仮に昭和三十一年八月十七日の賃貸借契約解除の意思表示が無効だとしても、被控訴人は本件家屋を控訴人に、控訴人の住宅として使用するために賃貸したものであるのに、控訴人は昭和三十三年三月頃より本件家屋を被控訴人に無断で訴外マサキプラスチツク工業株式会社に転貸し、同会社は本件家屋を営業所乃至作業場として使用し、かくて本件家屋を控訴人と共同占有している。よつて被控訴人は控訴人に対し、右無断転貸を理由に昭和三十四年二月五日午後一時の本件口頭弁論期日において本件賃貸借契約解除の意思表示をした。然るに控訴人及び引受人は爾後も何等の権原なくして本件家屋を共同占有し、被控訴人の所有権を侵害している。尚被控訴人はその後控訴人より本件家屋に対する昭和三十三年十一月三十日迄の損害金(もし昭和三十一年八月十七日の解除が無効だとすれば賃料)の支払を受けたからこの部分だけ本訴請求を減縮する。右の次第であるから従前の請求に加えて引受人に対しても本件家屋の明渡を求め、且控訴人と引受人に対し連帯して昭和三十三年十二月一日以降右明渡済までの賃料又はこれに相当する損害金の支払を求めるため、原判決主文第一項を当審判決主文第二項のように変更されんことを求めるものである。と述べ

控訴代理人において本件建物の所有権が被控訴人に属すること、控訴人が本件建物を占有していることは争わないが、引受人と共同して本件建物を占有していること、控訴人が引受人に本件建物を転貸したことはいずれもこれを否認する。尚控訴人が昭和三十一年一月中に本件家屋の敷地に五坪の工場建物を建築するについては、予め被控訴人の承諾を得たのであるが、(第一審において無断増築を認めたのは錯誤に出でた誤である)その後被控訴人の要求によりこれを取毀し、もはや存在しないのである。と述べ、

引受人において引受人は本件建物を占有していない、ただ控訴人が引受人たるマサキプラスチツク工業株式会社の代表者である関係上、帰宅後本件建物において右会社の仕事をすることがあり、又右会社の用務の連絡をすることがあるに過ぎないと述べ、

新しい証拠として被控訴代理人において当審証人渡辺久代の各証言、当審における被控訴本人尋問の結果をそれぞれ援用し、乙第一、第二および第四号各証の成立を認める。乙第三号証の成立は不知、乙第五号証中被控訴人の署名捺印の成立は認めるが、その他の部分の成立は不知、同証に被控訴人が署名捺印した際には不動文字の外は記載されてなかつた、と述べ、控訴代理人において乙第一乃至第五号証を提出し、当審証人三原八十、同日高与志、同神村マサの各証言、当審における控訴人本人尋問の結果を夫々援用し、甲第一号証の一乃至四が、これに附記されている説明のとおりの写真であることは争わないと述べた外は原判決摘示事実のとおりであるからこゝにこれを引用する。

理由

本件建物が被控訴人の所有であること、昭和二十三年頃被控訴人が控訴人に本件家屋を賃貸し、爾来現在に至る迄控訴人においてこれを占有使用していること、その賃料は毎月末払いの約定であつて、その額は順次改訂増額され、昭和三十一年頃一ケ月金千八百円となつたこと、被控訴人が昭和三十一年一月頃本件家屋の敷地内に木造ルーフイング葺平家建物一棟建坪五坪(以下本件工場と略称する。)を建築し、プラツスチツク製造工場に使用したこと、昭和三十一年八月十七日当時控訴人は同年三月一日以降の本件家屋の賃料を滞納していたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

そこで先ず本件工場の建設についての被控訴人の承諾の有無、又本件工場内における設備、使用状況について判断する。本件家屋を撮影したもので、被控訴人の説明のとおりの写真であることについて争いのない甲第一号証の一乃至四、原審における控訴人並びに被控訴人各本人尋問の結果、当審証人渡辺まん、同渡辺久代の各証言、当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人が被控訴人の承諾を得ないで無断で本件工場を建築したこと、本件工場は本件家屋の敷地内の境界のコンクリート塀を一方の壁として右敷地内の空地の殆ど一ぱいに建てられたもので、本件家屋とは全然接していない独立の建物であること、控訴人は右工場内に旋盤等の機械類を設置し、動力線を引込んで四分の一馬力のモーターをうごかし、二人の工員を傭つてプラスチツクの板加工作業をしていたことを認めることができる。右認定に反する当審証人神村マサの証言、当審における控訴人本人尋問の結果は当裁判所の措信しないところ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

被控訴人が昭和三十一年八月十七日控訴人に対し書面を以て前記延滞賃料の支払並びに本件工場の収去を一週間の期間を定めて催告し且右期間内に履行をしないときは本件家屋の賃貸借契約を解除する旨の条件附契約解除の意思表示を発し、この書面が翌十八日控訴人に到達したこと、控訴人が右期間内にいずれの履行をもしなかつたことは当事者間に争いがない。よつて右契約が右期間の経過により有効に解除されたかどうかを判断する。先ず右無断工場建築を理由とする解除の効果について検討する。元来住宅に使用するための家屋の賃貸借契約において、その家屋に居住し、これを使用するため必要な限度でその敷地の通常の方法による使用が随伴することは当然であつて、この場合その敷地の占有使用につきことさらに賃貸人の同意を得る必要はない。然しながらその使用占有は飽迄も賃借家屋の使用占有に伴うもの、言い換えれば本来の目的たる家屋の使用占有する上において常識上当然とされる程度に限られるものと言わなければならない。そこで本件の場合であるが、前記のように本件家屋は、建坪十七坪七合五勺の住宅であり、控訴人が建築した本件工場は建坪五坪で、これを建てるため右住宅の敷地の空地を殆ど余さず利用していること、しかもその構造及び使用状況は前記の如く専らプラスチツク製造のためのものであつて社会通念上本件家屋の使用に必然的に随伴する程度のものとは言い難いところであり、賃貸人の承諾がない限り、かゝる行為は賃貸人たる控訴人の賃借家屋(ならびにその敷地)の保管義務に違反し、且賃貸借契約について存する両者の信頼関係を破かいするものであるから、これを理由として右賃貸借を解除し得るものといわねばならない。そうだとすれば右無断建築を理由とする被控訴人の前記条件附契約解除の意思表示は有効であり、当裁判所が相当と認める前示催告期間内(或は控訴人の主張するとおり本作工場収去を猶予せられ、その猶予期間内)に収去したことを認めるに足る措信すべき証拠がないから、昭和三十一年八月二十五日の経過により本件賃貸借契約は解除されたものと断ぜざるを得ない。仮にそうでないとしても、控訴人が昭和三十一年三月一日以降の賃料を延滞していたことは前説示のとおりであり、本件賃貸借契約において賃料は被控訴人方に持参して支払う定であつたことは控訴人の争わないところであつて、只控訴人はその後取立債務に改められたのに被控訴人が取立てに来ないから支払わなかつたと主張するのであるが、当審証人神村マサの証言及び原審における控訴人本人の供述によつては、被控訴人が本件賃料を取立てていたことを認められるにとどまり賃料が取立債務に変つたことを認めるのには足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。(むしろ当審証人渡辺まん、同足立八十、同日高与志の各証言を綜合すれば便宜被控訴人の子が立寄り、賃料を取立てたことはあるが、取立債務に変更する趣旨ではなかつたことが窺われる。)そして当裁判所が相当と認める前示催告期間内に控訴人が昭和三十一年三月一日以降の延滞賃料を支払わなかつたことは当事者間に争がないから、昭和三十一年八月二十五日の経過と共に賃料の不払を理由とする本件賃貸借契約解除の効果を生じたものと云わねばならない。(前示各理由によつて本件賃貸借が解除せられたからには、仮に被控訴人居住の家屋にゆとりがあり、また被控訴人から本件家屋の買取若しくは賃料値上げの要求があつたとしてもこれらの事情によつて右解除の効果を阻止することはできないことを念のため附記する。)従て契約解除による原状回復義務の履行として控訴人に対し本件家屋の明渡を求める被控訴人の請求は正当であるから認容すべきものとする。

次に被控訴人の引受人に対する本件家屋明渡の請求について判断する。被控訴人の引受人に対する引受参加申立事件について当裁判所の為した引受人代表者審尋の結果によれば、引受人マサキプラスチツク工業株式会社は控訴人をその代表者とし、本件訴訟の繋属中である昭和三十二年三月十九日設立登記を了したもので、その頃から代表者である控訴人は本件家屋を同会社の連絡所として使用し、本件家屋に同会社の看板を掲げ、同会社宛の郵便物の受領、電話の接受をしているというのであつて、このことは本件弁論の全趣旨からも認められるから、同会社は被控訴人と共同して右家屋を現に占有しているものと云わねばならない。そして引受人が所有者たる被控訴人に対抗しうる占有権原については、引受人において何ら主張立証しないところであるから被控訴人の本件家屋所有権に基く引受人に対する明渡請求もまた理由があるものとしてこれを認容すべきものとする。

仍て進んで被控訴人の控訴人及び引受人に対する損害金の請求について審案する。控訴人及び引受人が共同して昭和三十二年三月中旬頃から本件家屋を占有していること、控訴人の賃借権は解除によつて消滅し、右共同占有について被控訴人に対抗し得る権原が認められないことは前認定のとおりであるから、控訴人及び引受人は故意又は少くとも過失により被控訴人の本件家屋所有権を侵害しているものと云うべく、被控訴人はこれがためその相当賃料と同額の損害を受けているものと認めるべきであり、被控訴人に対し控訴人及び引受人は連帯してこれが賠償をしなければならないこと勿論である。而して公定賃料の定められている家屋については格別の事情がない限り、その額をもつて相当賃料と解すべきであり、本件家屋についての昭和二十七年十二月四日以降の公定賃料は月金千百六十四円と認められる。その根拠は原審がこの点について説示するところと同一であるからこゝにこれを引用する。(原判決七枚目裏二行目より八枚目表二行目迄)(右の額をこえる被控訴人の請求は原審において棄却され、この部分について被控訴人は控訴も附帯控訴もせず、請求の趣旨を訂正して右部分の請求をしないことを明らかにしているから、この部分については当裁判所の判断を要しない。なお被控訴人は昭和三十三年十一月三十日迄の損害金の支払を受けたものとしてこれを本訴請求から減縮したのでこの部分については当裁判所の審判の対象とならない。)しからば控訴人及び引受人は連帯して被控訴人に対し前示権原のない共同占有開始後である昭和三十三年十二月一日以降本件家屋明渡済に至る迄右相当賃料である一ケ月金千百六十四円の割合による損害金を支払うべき義務があるものというべく、被控人の右損害金の請求も亦相当としてこれを認容すべきものとする。

叙上説示するところにより本件控訴の理由がないこと明かである。たゞ被控訴人は当審において損害金の請求部分を減縮し、且引受人に対し本件家屋の明渡及び損害金の請求を併わせて求めたので原判決主文第一項を本判決主文第二項のように変更することゝし、民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十六条、第九十二条、第八十九条、第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 堀田繁勝)

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